勝山市議会 2023-03-09 令和 5年 3月定例会(第3号 3月 9日)
昭和初期に弁天桜を植樹された勝山町の篤志家の方がおられます。有名な方なんですが、その方が、実は長山にも桜の木を100本、昭和初期に植樹されております。戦後になりまして、昭和25年に勝山町が300本の桜を植樹したと、そういった記録が残っています。それ以来、桜の山として知られるようになりましたし、実は地権者の方も長年にわたり管理をしていたというふうにお聞きをしています。
昭和初期に弁天桜を植樹された勝山町の篤志家の方がおられます。有名な方なんですが、その方が、実は長山にも桜の木を100本、昭和初期に植樹されております。戦後になりまして、昭和25年に勝山町が300本の桜を植樹したと、そういった記録が残っています。それ以来、桜の山として知られるようになりましたし、実は地権者の方も長年にわたり管理をしていたというふうにお聞きをしています。
私も調べたところによりますと、母子健康手帳は、新生児の死亡率が高かった1942年、昭和17年頃ですけれども、妊産婦手帳というのが作成されまして、その後に内容が時代に合ったものに考慮、研究されて、今日に至っているようです。 妊娠を届けた人全てに渡すことが決められているという、今、説明がございました。
建設事業としては、昭和町2丁目地係において、消雪設備整備工事等を実施。昭和町3丁目地係においては、急傾斜地崩壊対策工事を実施するほか、元禄線歩道整備工事及び中央公園再整備に向けた実施計画、長山公園勝山高校側法面に令和9年春の新中学校開校時の開花を目指し、市内の中学生の協力を得てさくらを植樹する長山公園さくらプロジェクトなどを実施します。
勝山市は、明治22年の市町村制により現在の市区域に旧勝山町と9か村が誕生し、その後、昭和6年に猪野瀬村が旧勝山町に編入、昭和29年に町村合併法により1町8か村が合意して人口3万9,000人余りの勝山市が誕生しました。 そして、昭和、平成、令和の時代を駆け抜けてきました。 また、西暦も21世紀に移り、現在、少子高齢化社会、グローバル化が勝山にも押し寄せる新たな時代になってきました。
それで、その内容はこうなっていますが、まず、その答弁を見てみますと、昭和29年に制定された学校給食法はあると、それに沿ってやってるんだということですが、結果的に給食費をどうしていくかというのを決めるのは、各自治体の裁量に任せられると。国は生活保護であるとか、そういう人のためにどんどんとそこは支援していきますというような内容だと思っています。
昭和58年でしたか、南越線を廃線にしたとき、そして福井鉄道も鯖江から織田のほうへ向けてる鯖浦線もある、これも廃線にしました。あのときの反省は、市役所には何か資料はあるんでしょうか、なぜ廃線になったとか、廃線に至るときの経緯とか。 ○副議長(橋本弥登志君) 西野企画部長。
商業の衰退というのは、実感としては昭和60年ぐらいから始まった大規模小売店の郊外型の大きなお店が出てきたこととか、それまでの中心市街地の持つ弱点でもあります駐車場が少ない、細い路地が多いというところから車で来るお客さんに対応できてないという、これがずっと持ち越されていると。 それと、もちろん人口減少、居住者が減ってきた。あと、ネットなどの流通の変化というのもあったと思われます。
◎市民福祉部長(出口茂美君) 本館の竣工が昭和60年3月でございまして、38年近くが経過しております。こちらは鉄筋コンクリート造りでございますので、耐用年数は47年になります。こちらの耐用年数が到来するのは、令和14年3月となります。(「議長」と呼ぶ者あり) ○議長(吉田啓三君) 三田村輝士議員。 ◆(三田村輝士君) 38年間経過をしてるということです。
蓑輪優子氏は、昭和50年8月に旧今立町の職員となり、認定こども園服間園長、家久保育園園長を歴任され、長きにわたり保育士として子供たちの健やかな成長に努められました。特に、障害のある子供や保護者に寄り添い、常に適切な支援を行うなど、一人一人を大切にしながら自律性を育む保育に熱心に取り組んでこられました。
また、昭和町の方も水がついたということは、やはり大蓮寺川と何かこう関係があるのかなと。 そう言うと、今ちょうど大蓮寺川の工事をやっています。 先日、私の地区にもその工事現場を見る機会がありましたので行って見てきましたけども、大きな土管がずっと一つずつサンプラの方に送られていくわけですよね。
また、ここにある薄墨桜は、ちょっと説明させていただきますと1503年に現状の頂上付近に移植され、昭和45年5月に福井県指定天然記念物に指定されており地域の宝として愛されてまいりました。しかし、数年前に大きな枝が折れるなど、既に数年前から薄墨桜の存続が危ぶまれておりました。市としてはこの宝の保存というものをどのように考えているのかをお聞かせください。 ○議長(吉田啓三君) 藤原教育委員会事務局長。
本市の文化会館は,昭和43年の開館以来,著名な演奏家のコンサート会場として,また連合音楽会や学校祭など各種発表の場として多くの市民に親しまれてきました。 しかし,耐震性の不足や老朽化が著しい状況で再整備が必要となり,平成29年に福井市文化会館整備基本構想,さらに平成30年3月に福井市文化会館整備基本計画が作成されました。
納税組合制度は昭和26年に創設されたとのことですが,そもそも納税組合はなぜつくられたのでしょうか。当時の社会的な背景を踏まえてお答えください。 次に,納税組合制度の存廃を検討するに当たり,重要な要素の一つとなっているのは口座振替制度であると思われます。
昭和56年、五六豪雪で倒壊したと思われるような倒木があったり、近年の倒木まで長い間間伐もされない、倒れた木が放置されたままになるなど荒れた状態です。これらの倒れた木や倒れた竹が大雨によって谷に流され、谷がせき止められて流れなくなった雨水が一気にたまって濁流化し、次々と堰を切り、水流を増し、下流では大きな土石流被害を巻き起こす、こういった一因になってるのではないかと思われます。
◎建設部長(松村英行君) 紫式部公園の修景整備でございますが、式部公園につきましては寝殿造り庭園を再現した公園としまして、昭和61年に整備を行いました。整備から36年が経過しまして、樹木が成長しているというところもございますので、枝打ちや剪定などを行いまして、庭園にふさわしい樹形としてまいります。
美山地区内では,昭和50年頃からバイパス整備が進められてきており,最近では平成24年4月に奈良瀬町から境寺町までの約5.5キロメートルの区間が供用開始されました。現在の区間は平成24年度から整備が進められており,かつては令和六,七年頃に完成するというような話を聞いておりました。令和6年というと,もう2年後ということになりますが,現在の整備の状況を見ていますと,本当に完成するのかと不安になります。
行政実例によると,市議会が補正予算につき,会計年度経過後に会計年度内に議決したこととする取扱いをした場合,右予算は,地方自治法第148条に違反する無効の予算というべきである(昭和31年7月14日甲府地裁)。 次に,議会事務局で聞いたことです。 通常,専決を行う前には議長,副議長に専決の内容について担当部署より説明がある。5月2日付の専決処分の通知に関する議長への説明は,5月2日とのことでした。
逆に人を集めることができるというふうなメリットもありますが、いずれにしましても、昭和29年9月1日に対等合併した9町村に猪野瀬地区を加えた10地区につきましては、その後60数年間の社会情勢の変化の中で、相当数にこの規模に差がついてしまいましたが、現時点におきましても勝山市を分割して考えたときには、もっとも重要な基盤として皆さんが認識しているというふうに考えております。
本年も6月に入りましたが,我々福井市民にとって,これからの季節は昭和23年6月28日の福井地震,平成16年7月18日の福井豪雨など,忘れることのできない自然災害に見舞われた時期となります。近年,我が国においては東日本大震災や熊本地震などをはじめとする大規模地震,また集中豪雨による土砂災害など,全国各地で想定を超える自然災害が多発しております。
地方公共団体における公会計制度の歴史としては、昭和62年に熊本県で初めてバランスシートが作成されました。その後、平成10年ごろには三重県や大分県臼杵市など複数の自治体で財政状況の分析の一手法としてバランスシートが導入されております。